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盛岡地方裁判所 昭和47年(ワ)215号 判決

原告

若松ヨシノ

ほか二名

被告

伊藤信雄

主文

1  被告は原告若松ヨシノに対し金一四四万三、三三四円、原告若松世紀、同若松恵利子に対し各々金一四〇万三、三三三円および右各金員に対する昭和四七年七月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告の各負担とする。

4  この判決は仮に執行することができる。

事実

(当事者の求めた裁判)

原告ら

1  被告は原告ヨシノに対し金四〇三万二、五四一円、原告世紀、同恵利子に対し各三七八万二、五四〇円および右各金員に対する訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

被告

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

(当事者の主張)

一  請求の原因

1  昭和四六年一一月二九日午前七時四五分ころ、被告は自己の保有車を運転し、岩手県岩手郡雫石町南畑三三地割三六番地の二先道路を鷺宿温泉から雫石方面に向つて進行中、同所丁字型左側道路から進出した訴外若松昇運転のバイクの発見が遅れ、同人に衝突し、同人を死亡させた。

2  被告は事故車の運行供用者として自賠法三条により右事故により発生した損害を賠償する義務がある。

3  損害

イ 亡昇の逸失利益 九四四万七、六二一円

(1) 亡昇は昭和七年八月一二日生の死亡当時満三九才の男子で、向後二四年間は就労可能であつた。同人は生前営林署に毎年四月一日から一一月末までの間、伐木、搬出等の作業に服して、同署から毎月の給与と賞与の支給をうけ、昭和四六年には支払金額で五七万八、〇四七円、手取額(社会保険料二万一、八九九円を控除)で五五万六、一四八円の収入があつた。

(2) また同人は、水田五反五畝を耕作し、昭和四五年度は三〇万二、二二〇円の農業収益を得たが、同収益に関する同人の寄与率は八〇パーセントを超えるから同人の収益は二四万一、七七六円となる。

(3) 控除額は年間一八万八、四〇〇円である。生活費は統計によれば一月一万五、七〇〇円であるから亡昇のそれもほぼ同程度とみることができ、一年間で右金額となる。

(4) 右(1)(2)合計額七九万七、九二四円から(3)を控除した六〇万九、五二四円が亡昇の年間純収益となる。そしてこれに稼働可能年数二四年間のホフマン計算をすれば九四四万七、六二二円が逸失利益となる。

(5) 原告ヨシノは亡昇の妻、その余の原告は子であるから、原告らは右損害額を各相続分に応じて取得し、その額は原告各々三一四万九、二〇七円である。

ロ 葬儀費用 二五万円

原告ヨシノは亡昇の葬儀費用を支出負担したがうち二五万円を請求する。

ハ 慰藉料 六〇〇万円

原告ヨシノは、昭和三三年四月一四日昇と婚姻以来その間同三四年三月一八日に長男世紀、同三七年四月二日長女恵利子を出生した。昇は温和篤実で情が厚く、病弱の妻ヨシノをいたわり、週日は営林署につとめ、休日および退署後農耕に当つて家業に専念し、収入の増加を図り、原告ら子供をやさしく処遇してよい父親ぶりを発揮し、名実ともに物心両面に亘る一家の大黒柱であつた。

原告らは、夫、父をにわかに失い、深い悲哀の渕に陥り、かつ大きな不安をいだいている。原告らの精神的衝撃苦痛は甚大で筆舌に表わすことができず、その慰藉料は各自二〇〇万円を下らない。

ニ 控除額 五〇〇万円

原告らは自賠責保険金五〇〇万円の支払いをうけ、前記損害の一部に充当した(原告ヨシノに一六六万六、六六六円、その余の原告ら各々に一六六万六、六六七円)。

ホ 弁護士費用 九〇万円

原告らは、弁護士に本件訴訟を委任したが、その手数料と報酬は原告一人宛三〇万円、計九〇万円である。

4  以上イないしホを合算控除すれば、原告ヨシノにおいて四〇三万二、五四一円、その余の原告各々に三七八万二、五四〇円の各損害賠償債権を有するので、これらと、これに対する訴状送達の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁および抗弁

1  請求の原因第一項中バイク発見の遅れの点を否認し、その余は認める。同第二項中被告が運行供用者である事実は認め、他は否認する。同第三項中イ(3)の生活費控除額、イ(5)のうち相続関係、ニの控除額五〇〇万円を認め、その余は不知である。同第四項は争う。

2  本件事故は被告者昇の全面的過失により発生したもので、被告にとつて不可抗力の事故であつた。

被告は県道を法定の速度で進行中、前方左側約二三メートル先に被害者を発見したが、その以前は隣家の小屋、被害宅の植込みにさえぎられて発見することは不可能である。

被害者の家から県道までの通路は坂になつており、当時は積雪のうえ、被害車両はスノータイヤでもなく、チエンもつけていなかつたので、惰性をつけて坂を昇ろうと、かなりのスピードで走つて来たもので、当然左右を確認するため徐行すべきを怠り、右折するため県道に真直ぐに突込んで来た。

当日は寒い日であつたので、被害者はヘルメツトを着用の上、アノラツクの帽子で顔をすつぽりつつんでいたので、左右は全く見ることが出来ない状態にあつた。

被告は被害車両発見後直ちに急ブレーキを踏み、右にハンドルを切つたが被害車両と衝突した。

この状態では何人も結果発生を避けることは出来ない。被告の自動車には構造上の欠陥も機能上の障害もない。

3  仮に、右不可抗力の主張が理由ないとしても、被害者の過失割合は七割を超すものであるから、原告らは被告から一〇万円、自賠責保険から五〇〇万円の支払をうけており、仮に原告ら主張どおりの損害があつたとしても過失相殺により本件請求は棄却さるべきものである。

三  被告の抗弁に対する原告らの答弁

原告らが被告から一〇万円の支払をうけたことは認める。

理由

一  被告および被害者亡昇の各過失について考える。

〔証拠略〕によると次の事実が認められる。

1  本件事故現場は岩手県岩手郡雫石町南畑三三地割字男助山一番地の一二先(被害者宅同地割三六番地の二に接している)アスフアルト舗装、幅員五・六メートル、直線のほぼ南北に走る道路で、道路上の見通しは極めてよいが、現場付近沿道西側には人家が並んでおり、特別の速度制限はない。

2  右道路(以下舗装道路という)と被害者方は、舗装道路西側路肩部分から西側へ低く傾斜(底辺三メートル間に約〇・五メートルの高度差あり)する被害者方専用の小道(以下通路という)を経て被害者宅に至る状況で接続し、路肩および通路の一部には見通しを妨げる物はないが舗装部分から西へ約三メートル入つた地点に南北に垣根がめぐらされ、その奥は植木および隣家の建物によつて舗装道路からの見通しはさえぎられるので、舗装道路から右通路までの最大見通しは約三一・七〇メートルである。

3  被告は舗装道路上を南から北へ向け、時速五〇ないし六〇キロメートルで進行したが、当時、雪は降り止んでいたけれども、積雪は四ないし五センチメートルあり、二、三台の車が通過した跡により雪が固められている部分もあり、時刻は朝の七時四五分頃で、通勤、通学の者が道路上に出る時間帯であつた。

4  被害者はバイクに乗り、通路部分を舗装道路へ向け進行し、前記垣根から外側へ出たところで一旦停止し、舗装道路を横断右折(南進)するため舗装道路上へ出たところで、被告車と衝突したが、右衝突地点は舗装部分西端(被害者の家側)から三・六メートル、一旦停止した地点から五・四メートルないし五・八メートルの部分で、舗装道路中心線から〇・八メートル東側(被告進行の反対車線上)に入つた地点である。

5  被告は舗装道路を時速五〇ないし六〇キロメートルで進行中、左側から舗装道路に出てくる被害者を約二二メートル前方にみとめ、急制動すると同時に右へハンドルを切つて避けようとしたが間に合わず、自車前部左側をバイク右側面に衝突させ、被害者を車体の下へ入れたまま衝突後一六・六メートル進んで舗装道路東側(被告進行方向反対側)側溝まで走行し、これに落ち込んで停止した。バイクもほぼ同所の側溝まで引きずられて停止した。

6  被告車両は前部左側前照灯が破損し、前部フエンダーが凹損し、バイクは右シヨツクアブソーバーが破損し、車体がよじれた。

被害者は右肋骨々折による外傷性血気胸により二時間一五分後に死亡した。

被害者は平常ゆつくり気をつけて運転し、性格も慎重な方であつたし、子供に対しても交通事故に気をつけるよう注意を与えている人柄であつた。

二  右事実から双方の過失を考えるに、被告は積雪のある道を走行した速度の点において、既に道交法上の安全運転義務違反を侵している。即ち、積雪のないアスフアルト道路で五〇ないし六〇キロ毎時の速度で(事故道路は時速制限がないので通常六〇キロ毎時で走行可能)走行する車両は、停止距離にして約一二ないし一八メートルであり、積雪があり一部固つた道路上をチエンなしでこの停止距離を求めて走行すれば車両速度は二五ないし三〇キロ毎時でなければならない。これを五〇ないし六〇キロ毎時で走行すれば、停止距離は四五ないし七〇メートルとなり、この停止距離による積雪なしの道路上の走行速度は九〇キロメートルを超える。被告は従つて通常道路で九〇キロメートル以上の速度で進行したのと同一評価をうける安全運転義務違反がある(以上の制動距離は計算上明らかである)。

本件道路は人通りのない野中の一本道と異り、付近に人家もあり、時間的にも人の往来が多い時であるうえ、被告は同本人尋問結果によると免許を取得してから五年以上の経験を有する者であれば、雪道の経験も当然あるものと考えられるのに、雪道の五〇ないし六〇キロメートルの速度が危険な速度であるという認識をもつていた点は首肯できない。

更に、現場の舗装道路から被害者の出てくるのを認識できる距離は三〇メートルはあるのに、これを二二メートルに接近して始めて発見している。また、疑問の最大の点は、被告が反対車線に入つて被害者と衝突し、しかも被告車の左側部分を衝突させている点である。これは被告において、被害者の進出を発見し、急制動したため被告車が積雪のためスリツプし方向性を失つて進行したことを推認させる。

従つて、被告には被害者の発見遅れ、すなわち前方注視義務違反および雪道での安全走行義務違反の過失が認められる。

反対に被害者は、自宅通路から道路に出てこれを横断する場合、道路上を走行する車両のあることは常に認識できるうえ、自己が進行している通路は道路とは外から認識されない程のものである点からも、道路上の車両との衝突を避けるため、道路上を走行する車両との距離およびその速度(被害者はバイクを運転していた者であるから車両の速度はある程度測定できる)を考え、これとの衝突のないよう充分に距離を置いて道路に進出しなければならない注意義務があるのに、これを怠り、被告車の前方を横断できると速断軽信して、その直前を横断した過失がある。

右両者の過失割合は被告の側にやや多く約六割、被害者側にやや少く約四割とみるのが相当である。

三  よつて、被告は本件事故につき発生した損害を賠償しなければならない(被告が加害車両の保有者であることは当事者間に争がない)ので、損害額につき考える。

〔証拠略〕の結果によると、

1  亡昇は死亡時まで一一年間も毎年四月から一一月末まで営林署に伐採、搬出夫として勤め、一二月から三月末までは失業保険の給付をうけ、昭和四六年の給与、賞与の合計は五七万八、〇四七円、社会保険控除が二万一、八九九円であつたこと

2  被告者方には水田が五反五畝あり、これによる農業収益は昭和四五年に三〇万二、二二〇円であつたが、ヨシノは病弱でほとんど農作業に従事できず、亡昇が営林署の休日および勤務の前後に農作業をし、同人の寄与率が八割を超えていること

3  亡昇は昭和七年八月一二日生の男子で、死亡当時満三九才であつたが、健康状態は極めて良好であつたこと、遺族は原告ら三人で、二人の子は昭和三四年と同三七年生といずれも幼いこと

などが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば亡昇は肉体労働を主とする者であるから稼働可能年限は満六〇才とみることが相当であり、これにより逸失利益を計算すれば、営林署からの収入五五万六、一四八円と農業収入の八割二四万一、七七六円の合計七九万七、九二四円が年間収入になるが、これから生活費年間一八万八、四〇〇円(当事者間に争がない)を差引いた六〇万九、五二四円が年間純益となる。これの二一年間の額をホフマン計算により求めると八五九万六、六四八円となる。

次に〔証拠略〕によると、亡昇の葬儀費用として同原告が二三万円を支出したことが認められ、これに反する証拠はない。

慰藉料については、被害者の年令、職業、一家の主柱であること、幼い子二人が遺族に含まれること、その他諸般の事情(事故態様における過失は後に斟酌する)を考え、原告らの請求する各二〇〇万円は相当である。

右逸失利益については原告らが各三分の一宛相続したことは当事者に争がないので、右認定の金額は原告ヨシノにつき五〇九万六、五五四円、その余の原告各自につき四八六万六、五五四円となる。

四  過失相殺は前記認定のように被告者側に約四割を認めるので、これを斟酌して右金額から損害額を算定すれば、原告ヨシノにつき三〇六万円、その余の原告各自につき二九二万円となる。

次に、原告らは自賠責保険金から五〇〇万円を受領し、各自三分の一宛これを取得していること、原告ヨシノは葬儀費として被告から一〇万円を受領していること何れも当事者間に争がないから、これらを差引いて原告ヨシノは一二九万三、三三四円、その余の原告は各自一二五万三、三三三円となる。

最後に弁護士費用であるが、本訴提起の必要性、難易、請求額、被害者の過失割合、認容額等を総合考慮して原告各自につき一五万円が相当である。

五  よつて、本訴請求のうち、原告ヨシノにつき一四四万三、三三四円、その余の原告各々につき一四〇万三、三三三円とこれらに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四七年七月一六日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるのでこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用してこれを二分しその一を原告らの、その余を被告の各負担とし、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 片岡正彦)

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